のんちのポケットに入れたい大切なもの

「みぃつけた!」な音楽、もの、ひと、ことばを綴る日記帳

昨日、6・9の日だったわ。

昨日は、仕事のことだけじゃなく、頑固一徹おかんともちょっと困ったことがあって、カレンダーは見たのに、すっかり忘れてしまってた。

 

・・・・・けど、

 

一日遅れてもいいやん。

 

昨日は、6.9(Rock)の日だったわ。

 

***********

わたし、洋楽をぜんぜん聴かないわけではないのだが、やっぱり歌詞の意味がその場でわかるほうがノれる。もちろん、意味なんかわからなくても、自然にからだが動くこともあるけど、でも、やっぱり、意味がわかるほうがしあわせ。母語って、そういうものなのかもな、と思う。

 

で、ハナシを戻して「そうか~、6・9の日だったかぁ」と思ったときにパッと頭に浮かんだ曲を載せようという企画を、今日のわたしに投げてみた。

 

浮かんできたのは、この曲。


www.youtube.com

 

「原子力はもういらねぇ!」と言うためには、原子力でつくった電気を使っちゃいけない。シンプルに考えると、そういうこと。だけど、うちには冷蔵庫があって、洗濯機があって、オーブンレンジもあって、テレビも、レコードプレーヤーも、アイロンも、パソコンも、なんでもかんでも、ある。原子力でつくられた電気を「モリモリ」使っている。そうなんだよ、どっぷり浸かっているのだよ。それを全部やめることは、やっぱりできない。あ、できるひともいるだろう。自給自足の暮らしをしてるひとは、ちゃんと存在してるのだもの。だけど、わたしには、そんな甲斐性は、ない。

 

だけど、ちょっとだけ、一日のどこか、暮らしのなかのどこかで、行動することはできるはずだと思ってる。「ミニマムな暮らし」は、スタイルとしてただカッコいいだけじゃなく、「なくなったら困るでしょ。だから作るんですよ」という流れに、自分の暮らしのなかから抗っていくことなのかもしれない、と思う。

 

何ができるか、どこまでできるか、そんなに大風呂敷を広げることはできないけど、でも、少なくとも、考えることはできる。そして、まとまらないけど、ぐちゃぐちゃだけど、自信もそんなにはないけど、でも、こうやって、発信することはできる。

 

わたしのなかのRockとは、そんなイメージでもある。

 

お行儀よく、優等生にまとまってなくても、パーフェクトじゃなくても、思ってることを表現してみること。

 

*****************

ということで、ひとつ、勢いづいて書いておきたい。

 

「原子力はもういらねぇ!!」

 

・・・・・じゃあ、原発で成り立ってる街や、ひとは、どうしたらいいんですか?その人たちのこと、考えてるんですか? そもそも原発やめて電気は足りますか?

 

「こんな状況のなかで、オリンピック・パラリンピックなんてやっちゃいけない」

 

・・・・・いままで努力し続けてきたアスリートたちの夢を奪うんですか?

 

何というのか、はぐらかされるような、雲に巻かれるような、そんな答えにひるんでしまいそうになる。「当事者のことを考えてみてください」と、もっともらしい論調でこられると、「無責任なこと、言っちゃってるのかな」とビビりそうになる。でも、やっぱり、納得いかない。賛同できない。このまま流されたくない。

 

 

原子力は、もういらねぇ!!

オリ・パラも、もういらねぇ!!

 

引き返すことは、卑怯なことではないと思う。

思いとどまることでこぼれ落ちるものよりも、突き進むことによって失うもののほうが、きっと大きい。きっと深刻。

 

わたしは、そう思う。