nonchiのポケットに入れたい大切なもの

「みぃつけた!」な音楽、もの、ひと、ことばを綴る日記帳

おかえり、わたしのピアノ。

こんばんは。

今日のお昼1時から、わたしとほとんど「同い年」のピアノを蘇らせるために、調律師さんがおいでになってました。そして、ついさきほど、見事にピアノを元気にして、帰っていかれました。

 

上手に書けるかどうか、自信ないのだけどね、ものすごく感動的だったから、残しておこうと思います。

 

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わたしのピアノは、おそらくわたしが生まれてすぐの時期に両親が買ってくれました。当時、決して裕福ではない、若い夫婦が、借家にピアノとステレオを買うなんて、よっぽど音楽が好きだったんだろうな。そして実際、記憶にある、ちっちゃい頃の我が家には、いつも音楽が流れていました。

 

そういうピアノだけど、直近20年以上調律もしないまま、家の座敷の「オブジェ」と化していました。わたしも長く長く、音楽から遠ざかっていたので。

 

そのわたしが、この数か月のなかで「自分のなかに鳴る音を、自分の手で弾いてみたい」という気持ちが膨らんで、おかんの「あんたのために買ったピアノやけど、もう寿命なんだったら、買い替えてでも、音楽をやってほしい」という後押しもあって、ピアノ買い替え計画が進んでいました。

 

その途中で、ある人から「そのピアノ、ほんとにほんとに、もうダメなの?のんちゃんが赤ちゃんのときにご両親が買ってくれたなんて、それだけで『音楽』だから、そのピアノの音、失ってしまったらもったいない」と言ってもらったんです。そして、ネットで「ピアノ工房」を見つけてきてくれて、「ここ、どうかな?」って。

 

そしたら、その工房が、なんと我が家から車でわずか30分弱の場所、しかも毎朝わたしが職場に向かう道を曲がってすぐのところにあったんです。昨年末に連絡をとり、事情をお話ししたところ、「見せてもらわないと確かなことは言えないけれど、何とかなるんじゃないかと思うので、ぜひ一度、ピアノを見せてください」ということで、今日おいでいただく運びとなりました。

 

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おいでになって、早速ピアノの蓋という蓋を全部開けて、状態を確認。そして説明を受けました。

 

①ピアノの響きをつくる基板に亀裂が入っています。でも、そのことによって、今のところ、音に致命的な支障はない。この基板を換えるとなると、かなりの「おおごと」です。

②弦がかなりサビています。が、弦を固定しているピンをはずして、弦を張り替えるとなると、ピンを打っている基板を損傷する可能性があるのと、①と②をあわせて行うことによって、もともともっていた「ピアノの音」が、まったく新しいフレッシュな音に変質します。

①と②と、そのほかの全体の状態から考えて、オーバーホールを必ずしもしなくても、丁寧に調整してあげれば、このピアノを楽しむことはまだ可能だと思います。むしろ、このピアノの「音」を大事にするなら、オーバーホールせず、基板も弦も、鍵盤も、すべていまのものをそのまま温存するのがベストだと思います

 

とのこと。

わたしは「音にこそ、このピアノの歴史も、想い出もあるので、オーバーホールはしないことにします」とお返事しました。

 

そこから始まった、調整と調律。

みっちり3時間余り。ものすごく丁寧な作業を、調律師さんがしてくださいました。そばで見ることは遠慮したのですが、ドアを隔てて、台所に届く音から、ものすごく愛情深くピアノと対話しながら作業を進めてくださっている様子が手に取るように想像できるかんじがしました。

 

「終わりました。大丈夫、このピアノ、まだまだ、いい音鳴らしてくれますよ。」

 

なんかね、大袈裟に思われるかもしれないけど、泣きそうになりました。だってね、調律師さんが、ものすごくしあわせそうな顔でおっしゃったから。

 

ここからは、調律師さんの言葉を、ちょっとご紹介したいです。

とてもすてきなピアノです。まろやかで、あったかい、独特の響きを持ったピアノだと思います。

おそらく年代的にも、それぞれのピアノメーカーが「わたしたちのピアノはこんな音がするよ」っていうことを一生懸命追求していた時期だと思うんですが、中でも、このメーカーのピアノは、音色の個性がとてもはっきりしていますね。弦や基板の状態で、 「ちゃんと鳴ってくれるかな」と当初は不安もあったのだけど、サビをとったり、カビをとったり、ハンマーを調整したり、いろいろしていくうちに、どんどんピアノが元気になっていくのがわかったんです。「あ、これ、大丈夫」って途中からは、私自身がとてもたのしく、わくわくしながら仕事をさせてもらいました。

鍵盤も、木でできているものだから、湿気を吸って、それぞれ、あっちこっち「好きなように」ピンピンはねていたのですけど、それもちゃんと整えてあげて、おさまる所におさめてあげたら、ほんとにきれいに、美しくなりました。

いまのピアノは量産型だけど、この時代は違ったんだなぁって、わたしもとても豊かな気持ちにさせてもらいました。

 

なんかね、このお話を聴いているあいだ、それこそ、なにか音楽を聴かせてもらってるような気分でした。お気に入りの紅茶と、数日前に大事な友だちが送ってくれたチョコレートを一緒に食べながら、30分ぐらい話をしました。

 

すばらしいお仕事だなぁと思いました。そして、わたしのピアノ、両親がわたしに買ってくれたピアノ、すばらしいなって思いました。

 

「おかえり」って言いたい気持ち。

 

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いつもは「がさつ」な感じのおかんが、さきほど電話してきました。

「あんた、ピアノ、どうなった?」って。

おおよそここに書いたことを伝えたら、おかんは電話の向こうで泣いていました。

「そんな素晴らしい仕事があるんやなぁ。楽器を蘇らせるって、すごいなぁ」って。わたしは、「ピアノが蘇って、それこそ、なんか歴史も蘇ったみたいな気持ちになったよ。父さんと母さんが、お金がない若い夫婦のくらしのなかで、あのピアノをどんなふうに買ってくれたんか、もう1回、最初から聴いてみたくなったよ」って言いました。そしたら、普段はオット(私の父)のことは、ほとんど話したことがないのに、こんなことを話してくれました。

 

あんたのお父さんは、ほんまに音楽が好きやったから。一緒に音楽をやってた仲間に相談して、相当悩んで、探して、探して、あのピアノを買ったんよ。いくらしたとか、そんなんは憶えてないけど、でも、ものすごいおっきな買い物だったのは確かやな。それでも、ぜんぜん「高いな」っていうふうには思わへんかった。

 

父親の「いい想い出」ってほとんどないのですけど、唯一、音楽に関してだけは、やっぱり父に感謝しなくちゃ、とあらためて思いました。ちょうど昨日、父がかつて音楽を一生懸命やっていた頃に歌っていた歌を聴く機会に恵まれたんだけど、そのことも、今日のピアノの蘇りも、全部、全部、つながっているような気がします。

 

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調律師さんにお礼を伝えて、車が見えなくなるまで見送って、ひとりになれたので、さっきピアノを弾いてみました。譜面なしで弾いて歌える曲で、一番最初に浮かんだ曲を弾こうと思って椅子に座りました。

 

この曲が、わたしのピアノの復帰第1曲目になりました。


山本潤子/「卒業写真」

 

聴こえてほしいひとに、届いてほしいと思いながら、弾いて、歌いました。

 

ほんとに素敵な、いい音がしました。

 

おかえり、わたしのピアノ。

 

また、これから、よろしくね。

別れは、出会いなおすこと。

おはようございます。

ここ数日、ずっとどんよりした天気が続いています。でも、ふと思いました。わたし、天気が悪いと大抵ひどい偏頭痛に悩まされます。マックスまでいっちゃうと、起き上がれないぐらいのときもある。それなのに、この数日、ぜんぜん頭、痛くないです。自分が「頭痛もち」だってことさえ忘れていました。ふ~ん、そっか。忘れていたのか、ほんとに痛くならなかったのか。どっちにしても、「そうなってるんだな」って、妙に納得しながら、今朝の珈琲を飲んでいます。

 

「わたしといくら仲良かったからって、いつまでも泣くとか、そういうの、やめといてな? のんちは、いっぱい、人とつながって生きていくって決まってるから、絶対そうしてもらわな困る」

 

友人は、去年の秋ごろ、そう言ってました。ふ~~ん、そっか。やっぱり、あんたの言うことは当たっているかもな。ここ数日、ずっと、そんなふうに思いながら、このブログにいただくコメントや、もう少し近くでいただくメッセージを、ひとつひとつ眺めています。

 

友人とは、いわゆる「見た目」では、ひとつの別れをしたのかもしれないのだけど、だけど、これは、もしかして、新たに出会いなおしたのではないかな、と思えてきたりするのです。直接友人がわたしに言ってくれたこと、してくれたことは、ちゃんとわたしの手元に残ってる。だけど、ここから先は、きっとわたしが、あらたに友人に出会いなおすんじゃないのかな、と思ったりしています。

 

友人は、かたちとしては、友人「そのもの」ではなくって、これからわたしが出会っていくひとたちのなかに、音楽のなかに、映画のなかに、景色のなかに、本のなかに、そして、毎日食べる「ごはん」のなかに。

 

そういうことなんじゃないのかな。

 

そう思えば、失くしたものは、友人の「かたち」だけ。

 

そうなのかもしれないな。

 

そう思いたいな。

 

そう思うことにしようかな。

 

・・・・・そんなかんじです。

 

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今日、まえにも書いた、わたしのピアノ、両親が、私が生まれたときに買ってくれたピアノが、再び弾けるようになるかどうか、調律師さんが来てくれることになっています。

 

「もう処分するしかないかな」と思っていたとき、思いがけず、ある人が「それはもったいない。そのピアノ自体が『音楽』だから、絶対にもったいない」と止めてくれました。

 

音のなかにある、わたしの想い出を、手離してはいけないってことなんだな。それって、かけがえのないものなんだな。そう気づかせてもらいました。

 

きっと、なんとかなりそうな気がしています。若いときには感じなかった音の深みや厚みや、響きを、感じられそうな気がしています。

 

それから、「アラフォーの下宿人さんが仲間入りするかも」とちょっと前に書きましたが、そのひと、春からほんとに我が家にやってくることになりました。これだって、ほんとに、偶然に偶然が重なって、不思議なほどトントン拍子で話が進みました。

 

何なんだろうなぁ。このタイミングは。わたしがぼ~~~っとするヒマがないように、事前に計画されていたような、お膳立てされていたような、このかんじ。

 

しかも、その下宿人さん、こないだ、うちに来てくれて、挨拶と今後の相談をしたのだけれど、とってもとっても気持ちのいいひと、わたしにないものをたくさんもっていて、わたしが大切に思うことに共感もしてくれて、なんとも「いいかんじ」なのです。

 

春からは、新しい風が、我が家に吹き始める予感です。

 

そして、その前に、いろんなあたたかい慈しみをいただいたわたしは、もともとの性分も手伝って、いろんなひとのことが気がかりで、心配で、お世話をやきたい気持ちがモクモクとわいてきています。それに、聴きたい音楽や、読みたいマンガ(この話は、また別のときに)、観たい映画、そして、ずっと進歩のない韓国語の勉強・・・、じっとしてる暇も、めそめそしている暇もないように、仕組まれている(笑)ようなのです。

 

だからね、みなさん。

 

わたし、忙しくなりそうです。

 

それは、とてもいいこと。それは、とてもありがたいこと。

 

それは、きっと、

 

そうなっていた、こと。

 

だと思うんだ。

 

そうだよね?

 

ありがとう、みなさん。

 

そんなわけだから、

 

 

 

 

大丈夫だよ!!

 

 

食べて、書いて、笑って、泣いて。

おはようございます。

昨日のお弁当は「ハムエッグマフィン」×2個。買ってきたマフィンにうちで具を挟んだのが大好きな娘なので、「パンがよかったら、ウインナーサンドみたいなの、おいしいバターロールがあるから作ろっか?」と尋ねたら、

 

「おかあさん、〇〇は、おかあさんの『お米のお弁当』が好きやねん。昨日は、大変やろうなぁって思ったから遠慮しただけ」

 

そうか、そうだったのか。彼女なりに、わたしにいろんなところで心を砕いてくれているんだね。そう思うと、その場でぽろぽろと泣いてしまいそうだったんだけど、ここは明るく、

 

「そっか、じゃあ、お米のお弁当にしよう」

 

……そして、作ったのにぃ。ごはんにはかわいいピンクの「さくらでんぶ」までのっけて、かわいく作ったのにぃ~~~。写真撮るの、忘れました。やっぱり、まだ、あかんね。どっか、あたまがまわっていない。

 

でも、ピザトーストは、ちゃんと撮った(笑)。

 

 

 

パンをちょっぴり焼きすぎて、こんがり過ぎるのが玉に瑕(たまにきず、ってこんな字を書くんですね、知らんかった)だけど、でも、おいしかったですよ、もちろんっっ。

 

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わたしね、大事な友人が亡くなった翌日、プロとして失格だと思うし、おそらく友人も知ったら「大ブーイング」で、「今からでも行き!!」って怒ったとは思うけど、仕事に行けなかったんです。たまたま休んでもいい日だったこともあり、無理を言って休ませてもらいました。

 

そして、朝、布団から這い出して、行ったところは

 

バイキング、です。

 

家の近所の、ちょっと人気のある和食バイキング。

 

平日だしな、わりと空いてるだろうな、と思っていた私が甘かった!!

 

店内は、年齢まちまちの「女子会」でわんさかわんさか。すごい賑わい。びっくりしました。日頃、平日のお昼、大抵働いているわたしには、まことに「未知との遭遇」。そっか~、こんなつながりがあるんだなぁ、って、ちょっと人間ウォッチングもしながら、でも、「あんた、ほんまに悲しいのかい」と訊かれそうなほど、「おかわり」しました。ガツガツ、もりもり、ガツガツ、もりもり、いただいた。そして、食べながら、泣いたりしてしまった。ステレオのように、いや、もっと立体的に、あっちからもこっちからも、笑い声と、おしゃべりのシャワーが降ってくるなか、ひとり、泣きながら食べちゃった。

 

それを、ある友だちに話したら、「のんちゃん、それロックンロールだよ」と言ってくれた。「それこそ、ザ・のんちゃんじゃないの」って。

 

そっか、わたし、ロックンロールしてるんだ。

 

なんか、それ、うれしい。

 

わたし、泣いて、笑って、やっていきます。

 

そして、食べて、書いて、やっていきます。

 

無理してません。

 

無理しません。

 

わたしのままで、この場所から。

 

今後とも、よろしくです。

 

追伸

今日から、「非公開ご希望」以外のコメントは、また、いつもどおり公開させていただきます。「のんちは落ち込んでるから、そっとしといてやろう」と思ってくださっていたみなさま、大丈夫。まだ目はパンパンに腫れてますが、ちょっと、エンジンかかってきました。きっと、いただいていたであろうご配慮に、心から感謝しています。

午前0時のミートソース。

こんばんは。

夕飯は、娘のリクエストもあって「お鍋」にしました。〆は「ほうとう」。こってりの味噌系のお鍋だったので、もちっとした「ほうとう」によく合いました。食後のテーブルで、英語の宿題をやりながら、なんとなく、心なしか、やさしいオーラを出してくれている娘が、頼もしく、愛おしく、ありがたかったです。

 

お鍋の後片付けをして、洗い物をしながらリビングで宿題をする娘の姿を見ていたら、例の友人と、娘の交流について、いろいろ想い出しました。我が家に登場した回数は、そんなに多くはなかったけど、いろんな想い出をくれたなぁと思いました。

 

そんなことを考えていたら、無性に台所に立ちたくなりまして。

 

午前0時から、野菜を刻んで、ミートソースを寸胴鍋いっぱいに作りました。

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部屋中にたちこめる、トマトの甘い匂い・・・。きっと換気扇をとおして、お外にも漂ってることでしょう。

 

友人も、夜中に料理を作るのが好きなひとでした。みんなが寝静まってから、やたらと手の込んだものを作るんだそうで、ときどきLINEで、びっくりするような時間に写真つきのメッセージを送ってきたもんです。

 

出来上がったミートソース。

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あったかくて、甘くて、懐かしい味がするよ。

 

ひとりで味見しながら、ちょっとホロッときて、でも、ほわっとした気持ちにもなって。この台所で、おいしいものを作って、みんなで食べることを、きっと友人も喜んでくれるだろうって、あらためて、そう思います。

 

さぁ、歯磨きして、寝るとしましょう。

 

明日の朝ごはんは、トーストの上に、ミートソースとチーズをのっけて、「ピザトースト」にしようね。

 

では、みなさん、おやすみなさい。

読んでくれてありがとう。やっぱり、ここに書くと、なんだか元気が湧いてきます。お会いしたことないけど、ほんとに、ほんとに、ありがとう、みなさん。

 

 追記

ミートソースを作り始める前に、自分の部屋にあがっていった娘が、できあがりを待ち構えていたかのように、降りてきました。

 

「めっちゃいい匂い」と言いながら、味見をして、「トントンっていう包丁の音が2階まで聴こえてたよ」と幸せそうに申しておりました。

 

うれしかったです。

 

 

 

雨が、やんだ。

おはようございます。

大阪は、明け方にものすごい風雨でした。

玄関に止めている娘の自転車が、カバーごと飛んで行ってしまうんじゃないかと、半分覚醒しながら、でもからだを起こせずに、ぼんやり思いながらの朝でした。

 

*************

 

ただいま11時前。

ウソみたいに雨がやんで、風もやんで、静かな静かなお昼まえです。

 

見送った友人は、自分のことでまわりが気を遣ったり、なにかマイナスな影響を受けたりすることを、とてもとても嫌がるひとでした。

 

なのに今朝、あんなにものすごい風雨。

 

「そうやろ? 最後ぐらい、そうやって暴れたらええねん」

 

そう思いながら、布団のなかで雨と風の音を聴いていました。

 

それなのに、ね。

 

わたしが動き始める頃には、ちょっと風が弱くなり、傘を差して坂道を上る頃には、雨足も弱まり、そして、お昼まえのいま、何もなかったみたいに静かです。

 

「あ~、やっぱり、そうやって、誰にも迷惑かけずに、誰も困らないようにするんだね」

 

らしい、といえば、とても、らしい。

 

でも、なんか、ちょっとさみしい。

 

一日中雨でもよかったよ。風がびゅんびゅん吹いててもよかった。

 

だけど、やっぱり、それがきみ、だったのだろう。

 

 

 

朝は家族よりも早く起きて、洗濯機を回し、できあがった洗濯物をベランダに干して、順番に起きてくる家族に朝ごはんを食べさせて、子どもを保育園に送って行く。

 

「しんどいときは、『もうムリ!!』って言えばいいやん」ってわたしが言ったときも、「それが一番段取りがいい。それが一番自分の気持が楽やから」と全然取り合ってくれなかったよね。

 

 

今日も、みんなが動き出す頃には、風も、雨も、止ませてくれて、さすがだね。相変わらず、やっぱり、きみらしい。

 

 

そういうとこが、一番すきだったけど、一番はがゆかった。

 

今日も、そうなのかよ・・・・って、ちょっと思ってるよ(笑)。

 

 

 

 

******************

 

みなさんに、お願い。

 

おはようございます。いろんな、あたたかいコメントをいただいて、そのたび泣いて笑って、しています。しばらくは、何も書かずにいようかな、って少し思ったんです。いまも、思わないでもない。友人は、「ブログにリアルな自分が飲み込まれないようにして」って、わたしに何度か意見したことがありました。でも、おかしなもので、きっと友人は、わたしのブログの影響で(と、勝手に思っています)、自分の病気のことを、まわりにカミングアウトしました。わたしとしては、もっと話してほしかったことがあったように思うけど、でも、「あの」友人にしては、ほんとうに上出来に、自分を、とくに自分の弱さを、見せる場面がありました。

 

そのような友人とのやりとりを考えたとき、「わたしのいないところで、勝手にいろいろ、ヒドい話や」と言われそうだけど、でも、素直にいろんなことを吐露できなかった友人のことを、わたしのことばで残すことも、「あり」なんじゃないかと、ふとそんなふうに思いました。

 

ここ数か月のわたしのブログに「ごはん」がたくさん登場したのも、友人の影響が大きかったと思っています。完全に一方通行ではあったけど、「大事なひとにおいしいものを食べさせる」ことにギリギリまでこだわっていた友人に、「わたしはちゃんとやってるよ」と伝えたかったところが大きかったと思います。

 

それは、これからも、きっと続いていくと思います。もちろん、元気に暮らしていくつもり。ずっと泣いてばっかりはいないつもり。だけど、わたしの夢見る「のんち食堂」には、友人と切磋琢磨した想い出を、ちゃんとちゃんと盛り込みたい。

 

今日のように、ときどき、友人のことを、直接間接的に書いていくことを、みなさんに共有していただければ、こんなうれしいことはありません。それと、しばらくは、頂くコメントを、非公開にさせていただくことをお許しください。

 

 

勝手を申し上げますが、どうぞよろしくお願いいたします。

 

のんちより。

 

 

さよなら三角、また会おういつか。(感謝の追記あり)

こんばんは。

書こうかどうか、数時間考えてみたのだけど、

やっぱり、このまま何もなかったみたいには

この先の、このブログを書けない気がするので。

 

 

大事な大事な友人を、空へ見送りました。

 

ずっと忘れないからね。

 

たくさんのありがとうと、中ぐらいの想い出と、少しの後悔と。

 

全部をぎゅっと丸めて、この数行に籠めて、

 

そして、明日のわたしへ歩き出す。

 

 

 

さよなら三角、また来て四角。

 

いいえ、きみは来なくていいよ。

 

いつか、わたしが、ちゃんと生きたあと、

 

また会おう、いつか。

 

 

 

 

合掌。

 

 


言葉はさんかく こころは四角 - ハンバート ハンバート (デモ録音)

 

追記

おはようございます。

あたたかいコメント、友人を悼んでくださるコメントに感謝します。

友人も、このブログをいつも読んでくれていて、おそらく病気と向き合っている日々も、調子のいい日には読んでくれていたのではないかと、勝手に想像しています。

本当なら、いつもは、いただいたコメントにちゃんとお返事を書くのがわたしのこだわりなんだけど、今回は、わたしの勝手で、全部のコメントを非公開のまま、わたしだけに大事にいただいておこうと思います。

この記事を、朝起きていつものように、何気なく読んでくださった方がたには、びっくりさせてしまったと思います。だけど、友人がそうであったように、この場所を大切に想ってくださる皆さんには、やっぱりちゃんと伝えたかったです。

 

あたたかい言葉、労い、悼みに感謝して、ちょっとしたら、また、いろいろ書いていこうと思ってます。

 

ほんとにほんとに、ありがとうございます。

 

のんちより。

余韻に浸る夜です。

こんばんは。

昨日の朝8時、会いたかった友だちに会ってきました。

 

一晩経って、一日仕事して、夜になって、なんだろうなぁ、自分でもちょっとわからなかったんですよね。娘がバイトに行ってるから、夕飯もひとりだったし、週明け月曜日だし、なんとなく、ぼんやりしちゃうのかなぁ、とか、考えてたんだけど、さっき、ふと気づいたんだわ。

 

あぁ~~、わたし、余韻に浸ってるんだな。

 

昨日会えた友だちと過ごした1時間半の余韻。

 

そういうことかぁ。

 

そう思ったら、読みたくなった絵本があります。

 

『ふたりはともだち』

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かえるくんと、がまがえるくんの、しずかであったかくて、強い友情を、やさしいことばで綴った絵本。おとなになってから見つけて、うれしいときも、かなしいときも、ふと読みたくなる本です。

 

 

ひとりの時間、ぜいたくな気持ちで絵本タイムを楽しみたかったので、ハーブティと、普段はなかなか買わない、ちょっと高め(っていっても、かわいいもんです)のチョコレートを。冬季限定の「柚子」。ちゃーんと柚子の味、口のなかにほわっと広がって、ハーブティにすごくよく合います。

 

今夜は、ほかにもうれしいメールのやりとりがあったりして、いい夜です。

 

もうちょっとゆっくりしてから寝ます。