9月初旬におかんがうちへ引っ越してくるのに向けて、引き続き準備をちまちまと進めている。もちろん荷物の運搬は引っ越し業者さんにお願いすべく、見積もりも終わっているのだけど、まぁ、荷物の整理とまとめがなかなか大仕事なのであって、しかし、このタイミングでやっておくべきおかんとわたし両者の「断捨離」。その只中にあるので、自分の住まいとおかんの団地の2箇所を片付けている日々。
そこでとても大事だと思っていることは、ゴミの出し役がいかに大事かということだ。(ゴミになるものの多さと、それが地球にいかにご迷惑であるかは今回一旦置いて話を進めさせてください)
片付けが進んでいることを実感するには、やっぱり「足の踏み場」が拡大してきたとか、押し入れ・クローゼットの中が空いてきたか、ということが「見える」というのがポイントだと思う。日中ひとりで片付けをしているおかんは特に、「進んでるのか進んでないのか、わからんようになってくるわ」と少しバテ気味な時期もあって、私の役割は「出せるゴミからどんどん出していくこと」だと痛感して以降、自治体が出している「ごみカレンダー」を確認しながら、抜かりないゴミ出し進行中。
そんなこんなしているところに、何のことはない、おかんが暮らす(わたしが働いている)自治体には「引越しゴミ」なるカテゴリーがあって、申し込めば回収しに来てもらえるということを一緒に働くスタッフが教えてくれた。
そう言えばそうだわね、そんなのもあった。「自力でひたすら減らしていくのみ」と思い込んでわたくし、周りが見えてなく、思考停止していたかもしれない。
でも、ここしばらく、ゴミをちまちま出しながら気づいたことは無駄ではなかった。
それは、「ゴミ屋敷って、ほんの小さなきっかけから始まるんだろうな」っていうこと。
おかんの部屋はもちろん、そういう状態ではない。ないけど、この引っ越しの準備のなかで、もし、ゴミ出し担当者がいなかったら、おかんは早晩行き詰まったに違いない。それが引っ越しではなくても、たとえば、ちょっと体調を崩して寝込んだとか、何回か億劫でゴミ出しをスキップしちゃったとか、そういう、ほんのちょっとのきっかけで、生活ゴミは増えていく。増えたゴミを出すのがしんどかったり、ご近所の目が気になったりして、さらに数回飛ばしてしまったら、足の踏み場が狭くなる。そうすると、自己嫌悪に苛まれて、本当に動けなくなる。ぜーーーーんぶがしんどくなる。
そんな流れは、普通に起きてしまう気がした。
おかんはもちろん、自分だって他人事ではちっともないと思う。
相棒ちゃんが巣立って、同時におかんの引っ越し準備が始まって、仕事も忙しくて、抱えている理不尽なトラブルもまだまだ出口が見えない状態で毎日がどんどん過ぎていくのだけど、あー、これ、今わかってよかったなと思うことが割といろいろある。
人生、やっぱり日々勉強、です。
早朝とか、

夜の入り口あたりの、

団地の風景の味わいも、あらためて噛み締めたりしているところ。







