報道される映像に、どんどん泣き顔や、憔悴した顔が増えていく。一方で、小さい子どもと一緒にロシアのなかで侵略に抗議して拘束されたお母さんや、戦車で進軍してくるロシア兵に向かって体を張って阻止しようとするウクライナの人びとの姿も映る。
それを、バイトから帰ってきた相棒ちゃんと見つめていた。
こんな状況のなかで、なにをシェアするべきか。
核兵器であるはずがない。
人間が大切にされるべきだという想いをこそ、シェアしたい。拡散したい。
核兵器をシェアして、そんなに強くなりたいか。
でも、残念ながら、それで強くなることは決してないと思う。安全なんて保障されるはずがない。
ほかでもない、広島と長崎に原子爆弾を投下して、いまだ謝罪しない国の核兵器をシェアするなんて。
もう、こんなに恥ずかしいことはない。
いま、シェアすべきは、この暴力を、はやく止めさせようという想い。
それ以外、ない。
写真は、わたしの大好きな写真家の長倉洋海さんの写真集『いのる』のなかの一枚をお借りしました。