nonchiのポケットに入れたい大切なもの

「みぃつけた!」な音楽、もの、ひと、ことばを綴る日記帳

「行ってきます」~おかんとわたしの数日間~

こんにちは。

我が家の「頑固一徹」といえば、おかん=わたしの母親、のこと。今年の5月で人生80年!!スゴいわ。あと20年で「人生100年」。

 

でもわたしは知っている。最近、その一徹が、うちの娘(つまり一徹の孫)にこのように弱音を吐いている。

 

 

おばあちゃんはなぁ、

100歳まで生きる気満々やったけど

最近、ちょっと自信がなくなってる

 

 

「おばあちゃんなら、絶対いけると思う」というのが、うちの娘の見立て(笑)。だけど、当のご本人はちびっと自信を喪失気味らしい。それは知っていたけど、ここ数日で、その不安がさらに膨らんでいることを実感させられた。

 

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わたくし、地域密着の小規模病院の運営に携わっております。外来も細々とやっております。そこにおかんが登場した。

 

わたし、認知症じゃないかと思います。物忘れがひどいです。感情のコントロールができなくて、すぐ怒ってしまいます。ひとに話をするとき、「ツー」といえば「カー」にならなくなってます。これは全部、認知症の初期症状だと思います。しかも、こないだ体操教室で転んでしまいました。それで自信がなくなって、体操教室にも行きたくなくなって、いろいろ、だめになっていく気がします。

 

そう外来のお医者さんに訴えたらしい。で、やさしい先生が、「〇〇さんがそうおっしゃるなら、必要ないとは思うけど、一応認知症の検査、しときましょうか?」と検査の指示をだしてくれた。

 

そこにたまたま、わたしの直属の部下のナースが登場して、「あ、〇〇さんのおかあさんじゃないですか~」と近づいてくれて、いろんな話を聴いてくれた。一徹は「こんな話、誰にもゆっくり聴いてもらえない」と言いながら、延々とそのナースに訴えたらしい。そしてその彼女が「〇〇さん、認知症の検査はいらないと思います。なぜなら・・・・」と、とてもとても丁寧に説明をしてくれたおかげで、一徹はとても安心して、とても救われて、帰宅しましたとさ。

 

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彼女はわたしのいわゆる「部下」であり、約10年間苦楽を共にしてきたひとなので、うちの家族のこともよく理解してくれていて、一徹が帰ったあとすぐ、わたしに一連のことの報告をしてくれた。

 

「ものすごく賢いひとだし、全盛期のことがまだ『物差し』になっているから、もうちょっとご自身をゆるく認めてあげてほしいって伝えときました」とな。ありがたい話です。一徹は泣いていたらしい。よっぽど心が救われたのだろう。

 

でも、その報告を聞いたわたしが、今度はえらくブルーになってしまった。なぜなら、一徹は前の夜、我が家に泊まっていて、わたしは、それなりにこころを込めて夕飯を準備し、彼女と「ゆっくり過ごした」つもりでいたからね。そして、何なら次の朝(つまり、彼女が受診をする直前)、出勤する車に一徹を乗せて、一徹のすまいのそばまで送っていったんだから。そのとき、一徹は一言も「今日受診するつもり」なんて言ってなかったんだ。「誰も話を聴いてくれない」って、どういうことよ? わたし、ちゃんとゆっくりあなたに関わりましたやん。しかも、体操教室で転んだなんて、ちっとも知りません。

 

報告してくれたスタッフにお礼を言いながら、情けないやら、悔しいやら、不甲斐ないやら、なんだかわからない感情がうわ~~~~っとこころに押し寄せて、今度はわたしが泣いてしまった(あ、これは、号泣ではなくて、鼻の先がツンときて、あと少しで涙がこぼれる寸前。なので、人が見たら気付かない。でも、きっと、目の前のスタッフは気付いていたに違いない、と思う)。

 

わかってる。もし、わたしが逆の立場だったら、同じことをしただろう。同じことを言っただろう。「おかあさんは、娘である〇〇さんに心配かけたくないんですよ。それを病院に来て言えて、それをナースが対応して、それでいいじゃないですか? 〇〇さん(わたし)ががんばってるって、わかってますよ、たぶんお母さんだってわかってはりますよ」。スタッフは、そう言ってわたしのことを労って、心配いらないと笑い飛ばしてくれた。

 

だけど、わたしのなかには、整理のつかない気持ちが残った。どっしりと残った。だから、その日の夕方にあった新年会の、おいしいお刺身の味も、スタッフとのたのしい会話も、すごくぼやけてしまって、ほんとなら、おいしくてキャーキャー言ってしまいそうな「カニクリームコロッケ」も、〆の抹茶アイスも、どこか遠い味。そして、帰宅してから、1時間近くガスストーブを占拠して、高1の娘に延々と愚痴ってしまったという始末。

 

娘は黙ってずっとわたしの話を聴いたあと、「それはばあちゃんが悪いなぁ。それはないよなぁ。だけどな、おかあさん。それに腹を立てて、おかあさんがおばあちゃんと仲良くできへんとか、ずっと沈み込むとか、そういうのは〇〇(むすめの名前、いまだに自分のことを『わたし』と言わないんです)はあかんと思う。おかあさんがしんどくなるだけやからな。もぉ、吹っ切ってしまい」とわたしを諭してくれた。

 

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そして、なんとタイミングの悪いことに、一晩明けて、次の日は、またまた一徹が我が家に「お泊り」の予定の日なのだった。(つまり、ゆうべ、ね)

 

ものすっごくブルーだったけど、でも、娘の助言を無駄にしてはいけないと、それだけは思っていたので、がんばって夕飯の準備もした。心強い作り置きの「おから」と「きんぴらごぼう」に助けられ、さっさと作って、娘と一徹と3人でテーブルを囲んだ。

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そのあと、早めにお風呂に入り、あんまり会話は弾まないまま、布団に入った。いやな展開だなぁとは思ったけど、それを明るく軌道修正するには、ちょっとこころが重かったから、「眠いからごめん」と言って、それほど角を立てずに、そして久しぶりに睡眠導入剤を飲んで寝た。

 

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今朝、「長引かせちゃいけないな」って思いながら布団を出て、娘と一徹と、わたしの3人分のお弁当を詰めた。一徹は、わたしよりも遅く家を出て、市内でひとつ用事を済ませてから自分の住まいへ電車で帰るという予定。

 

お弁当を詰めながら、一徹に「ごはんの上に、佃煮を載せてくれる?」「おべんと箱を包んでくれる?」と協同作業をお願いした。一徹は「はいはい」とちょっとうれしそうに返事をして、「このぐらいかな?」と佃煮の量を確認してきたり、「この包みが〇〇のやつ、こっちがあんたのやで?」とか言ってきた。

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もう50年の付き合いですからね、わかる。「あ、このひとも、なにか勘づいてるな。なんとかしようと思ってるな」。

 

そのあと、一緒に珈琲とトーストとサラダで朝ごはんを食べて、私が先に出発するとき、いつもより意識して、ちゃんと気持ちをのっけて言葉を発した。

 

「行ってきます」。

 

たった一言だけど、でも、いつもと違うかんじで聴こえるように。そしたら、一徹も「行ってらっしゃい」と返してきた。いつもなら「は~い」程度なのに。

 

なんとなく、気持ちは通じたかんじがした。この数日間の、おたがいのわだかまり、なんとなく、着地すべきところに着地したのだろう、という気がした。

 

まだまだ、こんなこと、これからいっぱいあるんだろうけど、でも、望むと望まざると、一徹とわたしは「母娘」。最後は笑って終われるように。そのためには、この何気ない毎日が、きっと大切なんだろうと思った。大袈裟かもしれないけど、きっとそうに違いないな、と思った・・・・という話。

 

長々すみません。

でも、おかげさまで、すこしだけモヤが晴れました。

読んでくださるみなさん、いつもありがとう。感謝します。