nonchiのポケットに入れたい大切なもの

「みぃつけた!」な音楽、もの、ひと、ことばを綴る日記帳

あの日の、父の想い出。

みなさま、こんばんは。

 

きのう、友だちから唐突に、「あの日、どんなふうにしていたの?」って訊かれて初めて、「あ、1月17日なんだ」って思い出しました。ここ数年のなかで、一番、そのことが頭から離れていました。

 

 

で、友だちに、あらためて、あの日のことをかいつまんで話そうとして、いくつか記憶の引き出しを開けました。

 

 

自分が地震の瞬間、どうしていたかってことは、敢えてここでは書かないでおこうと思います。読みたい人、読みたくない人、いろいろだと思うから。それに、わたしは、「被災した」といえるほどの体験はしていない。兵庫県の隣ではあるけど、あの日の神戸を想像すると、わたしの体験は、書くに及ばない気がするから。

 

 

わたしが書いておきたいのは、私の父のこと。

 

 

わたしの父は、わたしが小学6年生のときに、家から出て行きました。頑固一徹おかんから「出て行かされた」と言ってもいいかもしれません。そうなったいきさつを、小6なりに理解したし、小6なりに父を憎んだし、軽蔑もしたし、母に同情もしたし、不憫にも思ったし・・・。その後、何度か会うことはあったけど、だんだんと、自分の人生の一部に「居てほしくないひと」になっていって、いつしか会わなくなりました。

 

 

その父と、再会(実際に会ってはいませんが、お互いに存在を認識し合いました)したのが、神戸の地震のときでした。

 

 

事情があって、20年ちかく会っていなかった従妹が、あの地震で亡くなりました。亡くなったことがわかったのは、わたしの父のおかげです。

 

 

あの日以来、テレビの画面に、犠牲になられた人たちのお名前がどんどん流れてきました。わたしは仕事もしていたし、観るのも辛かったし、テレビをつけていなかった。そしたら、東京に住んでいる弟から電話がかかってきました。

 

 

「〇〇ちゃん(従妹の名前)の名前が、テレビに出てたらしい」。

 

 

ずっと会ってなかったけど、ちっちゃいときの彼女の顔とか声とか、遊んだ記憶が蘇って、泣けてきました。そして、「なんでわかったん?」と尋ねたら

 

 

「おとうちゃんが、みつけた」って。

 

 

「おとうちゃんがみつけて、俺に電話してきてくれた」って。

 

 

なんだか、ですね、ぽろぽろと泣けてきました。大っ嫌いだった。母や、わたしや、弟を、あんなに悲しませて、出て行った父に、いい感情なんて、ぜんぜんなかった。何なら、もう、忘れてしまいたいぐらいのひとだった。それなのに、なんか、すごい、泣けてしまった。

 

 

「あぁ、これは、知らせてやらなきゃ」って思ったんだ。

 

 

もう、何年も私たちと会ってない、その従妹とは、もっと長いこと会ってないのに、たくさんながれた名前のなかから、彼女のそれに気がついて、しかも、それを「知らせてやらなきゃ」って思ったんだ。

 

 

父は、その当時すでに、別の家庭をもっていて、しあわせに暮らしてると、弟から聴いていました。その、しあわせななかで、でも、「知らせてやらなきゃ」って思ったんだ。そう思うと、ですね、なんか、あんなに恨めしく思ってたのに、大っ嫌いだったはずなのに、そういうの、一瞬、どっかへ飛んで行ったみたいな気持ちになりました。

 

 

父の、その情報がなければ、わたしも、わたしのおかんも、弟も、従妹のことを知らずに終わってしまったかもしれません。その情報のおかげで、うちのおかんだけが、彼女のお葬儀に参列させてもらうことができました。

 

 

わたしは、父に直接、お礼を言うことはしませんでしたが、弟を通じて、「おとうちゃんのおかげで、お葬式に行けた」ということは伝えてもらいました。それにたいして、父はとりたてて反応しなかったみたいですが…。

 

 

その後も、父とは疎遠なままでしたが、次の転機がきたのは、私が結婚して、娘を産んだときです。

 

 

「あぁ、わたし、あのひとがいなかったら、この子にも逢えなかったんだな」って思ったときに、「ちゃんと会おう」と思いました。

 

 

でも、そのまま美談は続かず、また父の失敗によって、距離がひらいてしまうのですが、最近また、少しだけ、近しいひとになりつつあります。それは、うちの娘がきっかけで‥‥、その話は、またいつか。

 

 

「あの日、nonchi はどうしていたの?」と訊かれて、想い出したのが、大っ嫌いだったはずの「父」だなんて、ちょっと、笑っちゃうけど、でも、やっぱり、従妹のことは、飲んだくれで、ろくなもんじゃなかった父の、数少ない、想い出してもいいかな、と思える想い出。

 

 

心底、わるいヤツじゃなかったんだ、って、思えたから。

 

 

いまでも、やっぱり、泣けるもんね。

 

 

感謝しているもんね。

 

 

いつか、そのことを、伝えたほうがいいかな、と、そんなふうにも思えるようになりました。

 

 

nonchi も、おとなになったもんじゃ…。