のんちのポケットに入れたい大切なもの

「みぃつけた!」な音楽、もの、ひと、ことばを綴る日記帳

わたしのピアノ

今日は午後から、
母の用事につきあって、
ドライバーをしています。

なので、いろんなこと、回想中。

だいぶ長いこと弾いてないけど、
ピアノを弾くのがすきでした。
弾き語りもすきでした。

10代で、譜面を忠実に弾くことに
挫折したというか、
そこから逃げて、
すきな歌を、すきなように弾く、
♯やら♭がたくさんになると
和音が浮かばなくなるので、
自分が弾けるキーに換えて、
弾きながら歌う、のがすきでした。

ピアノはわたしが生まれたとき、
そんなにお金がなかった両親が、
それでも、音楽を楽しめる子に
なってほしいと、買ってくれて、
それがいまでも実家にあります。

母からは、ずっと言われてました。
『音楽、続けたらどうなん?
人生に音楽があるって、幸せやん。
自分で演奏できるのは、もっとやん』
と言われてきましたが、
なんとなく、ピアノには触らず、でした。

そしてゴールデンウィーク
いよいよ母から言われました。
『弾かないんやったら、
もう処分したらどう?』と。

それもいいかな、と思って、
でも、それでいいのかな、とも思い、
そうするなら、一回弾いとこかな、と
ものすごく久しぶりに、弾いてみました。

中学の卒業式で弾いた『卒業写真』、
高校の音楽のテストの自由課題で
弾き語りをした『ダンデライオン』。
(両方、ユーミンの曲です)

自分のすきな和音の響きに、
頭のうしろのほうが、じーんとして、
鼻の奥がツーンとして、
懐かしさやら、切なさやら、
いろんな種類の感情が、
うわ~っとわきあがってきました。

調律、長いことしてないから、
違和感ありまくりで、
気持ち悪くて、実用性はないかも。
でも、処分したら、後悔しそうで。

ピアノの音のむこうの、
いろんな思い出。
それって、宝物なんじゃないん?

母が用事を済ませる姿を
うしろから眺めながら、
ちょっと感傷的になってるかな。

でも、音に囲まれて、豊かに育ってと、
贈ってくれたピアノ、だよね、と。
そう思えて、いま、不覚にも
泣けてしまう、わたしです。