のんちのポケットに入れたい大切なもの

「みぃつけた!」な音楽、もの、ひと、ことばを綴る日記帳

わたしのおにぎりが好きだったきみへ。

こんにちは。

 

あ~、1年経つのかぁ。

 

・・・・そして、待っていた「お手紙」は、やっぱり来なかった。きっと、これからも来ないのだ。そう思う今日は、大事な友だちを見送ってから1年の日。

 

「みなさん、それぞれに向けて、しかるべきタイミングでお手紙を出してます」と、友だちは事前告知していたのだけど、この1年間、「もしかしたら今日かな」と思ういくつかの日にも、そして今日も、友だちからのそれは、届かないのでありました。

 

っていうかね、これは強がりでも、恨み言でもなんでもないのですけど、これは、「便りがないのが、便り」なんだと、ここしばらくの日々で、やたらとストンときてしまったのです。「あんたは、とっとと前を向いて、ブルドーザーみたいに進んでいってよ」ってことなのだろうな、と。来ない便りを待ってるんじゃなく、そんなことはもう潔く忘却の彼方へ放り投げて、進みたい方向へ、進みたい速度で、自由に走っていきなはれ、ってことなのだろうな、と。

 

わたしのことは、仕事の仕方も、母娘関係も、ブログを含めた文章も、服装も、ほとんど褒めたことがなかった友だちだけど、なぜか、わたしが握る「おにぎり」を、いたくいたく気に入っていました。

 

「理想形」とかなんとか、言ってたっけな(笑)。

 

それを思い出したわけではまったくないのだけど、昨日の晩ごはん、炊き立ての土鍋白ごはんを見た瞬間、「おにぎりつくろ」って思いました。

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おにぎりの中身は、辛子明太子にしました。

「おつけもん」もちゃんと添えて、山盛りサラダにチキンのレモンペッパー焼きと一緒にもりもり食べました。

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この1年、いろんなひとのブログを読ませてもらうなかで、友だちが、どんな気持ちで暮らしていたか、そのなかにわたしがどう存在していたか、考えてきました。そして、1年かけて考えた末に、なんとなく、自分のなかで、ストンときたような気がします。

 

その「ストン」は、間違ってない気がするし、とてもよい「ストン」な気がします。

 

昨日の晩ごはんの、無意識の「おにぎり」が、なんか、偶然ではあるけど、短い小説の最後の頁のような気もします。

 

 

 

 

わたしのおにぎりが好きだったきみへ。

 

わたしは、おいしいもんを作って、食べて、生きていくよ。

 

どうだ、羨ましいだろ。