のんちのポケットに入れたい大切なもの

「みぃつけた!」な音楽、もの、ひと、ことばを綴る日記帳

まずは食べて、寝なさい。

ゆうべアップした文章は、自分のなかで本当にずっとずっとくすぶっている思い。攻撃されることを承知で、いま言うべきことを毅然として言える人の姿に触れると、自分がみるみるうちに縮んでいく気がする。わたし、なにやってんのかなーと。

 

今朝もいつものようにおかん宅に寄って朝ごはんを一緒に食べた。イマイチ活気のない娘を見ておかんが言った。

 

「こんな社会で、あんたが伸び伸び働けるわけがない。それはあんたの責任ではない。わかっているのに声にできないことをそんなに責めなさんな。とにかく、まずは食べて、寝なさい」

 

ごもっとも。

 

別に、理屈ににげるつもりはない。けど、自分の苦しさがどこからくるのか、その根源について、納得したいという思いが、この崖っぷちの日々のなかでも湧いてくる。

 

苛まれずに、自分を大切にしながら、静かに学んだり、考えたり、したい。

 

おかんと話した数十分のなかから、そこに行き着いた。

 

f:id:nonchi1010:20240315083625j:image

わかっているのに黙っていること。

さわやかな文章を書きたいとは思ってる。

読む人が清々しくいられることを書きたいとは思ってる。

 

が、しかし。

 

来月から、コロナに関連する「医療現場への公的な支援」がほぼなくなる。

 

でも、コロナが消えてなくなるわけでも、感染力が著しく弱まるわけでも、ない。

 

多床室(大部屋)に陽性の患者さんをそのまま寝てもらうのは感染対策上NGなのは変わらない。隔離する個室がなければ、多床室を個室扱いにしなければならず、それはつまり、そのまま病院の減収になる。そのダメージは、ものすごく大きい。来月を待たず、現場はすでにそのダメージを受けている。なぜなら補助金的なものは急激に削られていっているから。(説明が粗くてごめんなさい)

 

地域住民の健康を下支えしている中小民間病院が、採算が合わなくて経営難に陥るって、おかしくないか?

 

withコロナは、病院単体では破綻すると思う。

 

それなのに、わたしが暮らして、そして働く大阪ときたら、まだ万博を止められない。注ぎ込まれる税金を、堰き止められない。

 

そんなお金があるなら、まず医療現場を立て直してほしい。本当に切実にそう思っている。

 

「わかっているなら、気付いているなら、声をあげなきゃ」と思う。

 

わかってる。

 

わかってるんだよね。

 

なのに、黙って働いている。

 

その自分に、嫌気がさしてくる。

 

誰かに黙らされているんじゃなくて、自ら黙ってる。その状況に、自分が萎える。

 

そういう自分をどうやって鼓舞していけばいいのか。

 

ついつい口数が少なくなって、どんよりしているわたしにとって、相棒ちゃんは明るい光。

 

つくってくれるごはんは、いのちの素。

 

f:id:nonchi1010:20240314222432j:image

 

負けたくは、ない。

 

 

 

 

通り過ぎちまったサンパチ。

毎朝行くおかん宅の台所の引き戸にぶら下がっているミモザではたと気がついた。

 

f:id:nonchi1010:20240313060001j:image

 

サンパチ(3・8女性デイ)を素通りしてしまった。

 

でも、いろいろ、折々、ちびちびと考えてはいるんだ。

 

女性たちが歩んできた道、これから歩いていく道について。

 

昔々、土曜日曜はもちろん、普通の日だって仕事を終えたら、保育園に子どもを迎えに行って、そのままおっきなカバンにおやつや絵本や着替えを詰め込んで、おかんやおかんの友だちは、子連れで電車を乗り継いで学習会に集まっていた。「連れて来られた子どもたち」のグループは学習会の一角で、あるいは別部屋で学習会が終わるまでの間をそれぞれの楽しみ方で満喫した。

 

帰りの電車では、足がガクッとなるほど眠たかったけど、おそらくそこから帰宅してお風呂に入って寝ていた。宿題は学習会のときにしていたんだろうな。ヤルじゃん、子どもたち。

 

あのときの子どもたち(わたしを含む)はみんなどうしてるかな。

 

お母さんたちが何を目指していたか、いま、どこまで辿り着いたか、自分がどんなふうに生きづらさを抱えながらその先の道を歩いているか、男女にかかわらず聴いてみたいと、ふと思った。

 

先日新幹線で移動図書館にどっぷり浸ってから、本を読む喜びへの感度があがっている。

 

本棚を眺めながら、読めるかどうかわからないけど仕事のリュックへ投入。

 

f:id:nonchi1010:20240313055141j:image

 

サンパチが、毎日だっていいんだもん。

 

追記

いま、ふと気付きました。

ちょうどサンパチの日に、それに通ずるハナシを書いてた。そのこと自体に気付いていませんでした(笑)。

久しぶりに京都でアート。

ひょんなことから出会った人と合流して、今日は久しぶりに京都でアート。

 

おかんに「京都に久しぶりに行ってくるわ」と話したら、「木の落とし蓋と、阿闍梨餅買うてきて」やって(笑)。なんで行くの、とも聞かずに。あー、これ、おかんなりの「羽根伸ばしておいでや」ってことやなぁと感謝した。

 

6日間みっちり働いてやっときた日曜日だけと、まぁ、それだからこそっていう気分になれているので、体力的にも多分大丈夫でしょう。

 

・・・

と、ここまでが出かける前。

 

いやー、素晴らしかった

 

f:id:nonchi1010:20240310230647j:image

 

何かのスイッチが、ONになった気分。

 

ちなみに木の落とし蓋も、阿闍梨餅も、買わずに帰ってきてしまった(笑)。

 

ごめん、おかん。

f:id:nonchi1010:20240311102103j:image

 

 

第三話:「違い」を伝え合うことから。

少し前、新幹線で新大阪から東京に移動する機会があった。「少しでも速いほうがいい」と思った時代もあったけど、ここ数年はむしろ移動時間を「図書室」として満喫できるように、わざと各駅停車の「こだま」を選んで、ちょっとだけ贅沢してグリーン車の席を確保するようにしている。

 

新大阪東京間は約4時間。

これが、ものすごく幸せなひととき。乗車前に、ちょっと上等のお弁当とかお菓子とかを選ぶ時間も楽しくてしょうがない。

 

で、今回、そのグリーン車のシートの網ポケットに「ご自由にお持ちください」と置かれている雑誌の表紙にチラッと見えた「男性優位の社会を変える」という見出しから、おはなしは始まる。

 

「Wedge」(ウェッジ)という100ページぐらいの雑誌。今までも存在は知っていたし、暇つぶしにちょっとペラペラめくるぐらいはしたことがあったけど、そもそもが「JRが絡んでる時点で中身の想像がつくわ」と思っていたので、それこそ「読まず嫌い」だったのだけど、3月号の特集がなんと・・・

 

「ジェンダー平等と多様性で男性優位の社会を変えよう」

 

f:id:nonchi1010:20240308163328j:image

 

ちょっと「え?嘘やろ~~~?!」となった。ほんまかいな。

 

そして、次に思ったことは、「いや、これは、『勝ち組(これ、もう古いな)』の女性がキレイごとを書いてるに違いない」。「読むだけムカつくに決まってるわ」と思った。

 

でも、「まぁ、それにしても、ちょっと確認だけはしとこかな」というかんじで、斜めからの目線でペラペラペラ・・・とページをめくるだけはめくってみたわけ。

 

そしたらあなた、すごいじゃないの。

 

ページ数にして35ページ。「データでみる男女平等 これが日本の”現在地”」というわかりやすいグラフのコーナーもあり、さまざまな現場の女性たちが書き手のほとんどという構成。それぞれの文章の「タイトル」ひとつひとつがめっちゃそそる。そしてそして、なんとブレイディみかこさんの文章も載っていて、途中で挟み込まれる書籍の紹介がまた興味深い。

 

「これ、危うくわたしの先入観によって見逃すところだった。ヤバかったわ」というのが素直な感想。

 

*************

わたしは、相手のことばのチョイスによって、「あ、この人、ちょっと無理かも」と心のシャッターを下ろしてしまうところが多分にある。そして、その「線引き」がやたら尖っている。

 

おかんとわたしの笑い話がある。

 

その昔、さだまさし氏の大ヒット曲に『関白宣言』というのがあったのをご存じだろうか。

 

あの曲の出だしの歌詞・・・

 

お前を嫁にもらう前に

言っておきたいことがある

かなり厳しい話もするが

俺の本音を聞いておけ

 

この曲が発売されたのが1981年、わたくし、当時13歳。

 

忘れもしないわ、テレビの歌番組でこの曲を初めて聴いた瞬間、

 

「嫁にもらう」って何やねん。

犬とか猫ちゃうやろ、アホかこのオッサン。

 

とテレビに向かって悪態をついた。さすがのおかんが「あんた、ちょっと、オッサンって・・・、エラい勢いやなぁ」と苦笑いというか、何というか、とにかく爆笑ではない、不思議な反応をしたのも含め、よく憶えている。

 

それ以降も、「家内」とか「嫁」とか「主人」とか「旦那」とか、そういう表現がイチイチ引っかかった。かといって、「その表現、引っかかるんです。何故かというと・・・・」という説明や、「わたしの違和感、わかってほしい。あなたはどう思う?」というキャッチボールをすることにはひどく臆病で、静かに黙って、それ以降、それ以上のお友だちにはならない、みたいなことを繰り返してきた。

 

「白か黒か」「敵か味方か」の線引き、選別ばっかりで、「わかりあう」ということに対する努力をちっともしてこなかった。

 

でも、この「ジェンダー平等」を目指していくためには、(いや、平等なんて正直、果てしなく遠い。そもそも「ジェンダーって何やの」というハナシだ)お互いに考えてること、感じてること、何に違和感を感じているのか、何が不平等なのか、ということを伝え合うことが、まずもって大切だと思う。そこに臆病なままで、正論だけぶっ放しているわたしは、相当に「弱虫」だったよな、今も、そうだよな、と最近、割と頻繁に思っている。

 

「違い」を伝え合うことの先にしか、「認め合う」ってことは成り立たないのだよな。「生きづらい」とか「不平等だ」感じていることを表明してもいいと思える場(それは、実際の対面だけでなく、このような文字をとおしての場も含め)は、とりとめのない、整理のつかないことばを自分のなかから外に向けて発する、カタチにすることからしか始まらないのだよな。わたしは、そのことがそもそも、まだまだ、できていないのだよな、と思う。

 

だけど、「できていないのだよな」ということに少なくとも向き合うことをし始めている、ということは、悪くないよな。

 

この、とりとめもない、まとまらない、独り言の寄せ集めみたいな文章でも、書こうかな、と思わせてくれた、いろんな人のブログでの発信、対話に、深謝。(う~~ん、この手の「お礼」をそういえば何度も書いている気がするな。そこから進んでないのかな。いやぁ、イケてないな。お恥ずかしい)

 

でも、というか、そして、というか、そんなわたしだから、この「Wedge」のページをちゃんとめくったわたしに対して、「よくぞ手に取りました」と言いたい。

 

せっかく「ご自由にお持ち帰り」してきたから、隅々まで、ゆっくり、じっくり再読しようと思う。

f:id:nonchi1010:20240308163256j:image

眠るための工夫。

友だちが「のんちゃん、寝られへんの、養命酒がええんちゃうかな」と勧めてくれた。お酒はほとんど飲まないのだけど、眠るための工夫ならちょっとトライしてみよっかなと思って、早速買ってきた。

 

f:id:nonchi1010:20240306234140j:image

 

ザ・養命酒、じゃなくて、ちょっとマイルド系。

 

今日はおかん宅に泊めてもらう日で、想定外の長話になって、その内容がまたコテコテで、こりゃ、何か飲まねば眠れんわ、という感じなのでちょうどよかった。

 

コテコテの話とは、このとんでもない大阪で、ナースをしている苦しさについて、その苦しさの根源について。まさにツバ飛ばしながら語り合った。

 

もう、寝るでー!

最近のこと。

しばらくブログを書かない間に、コロナにかかって、割と症状が重くて、大変だった。

 

去年から予定していた、「どうしても行きたいところ」、「どうしても会いたい人たち」を諦める寸前までいったけど、布団の中で泣きじゃくったけど、相棒ちゃんの激励を受けて脅威の回復力が湧いてきて、無事、願いを叶えることができた。

 

それにしても自分の心身の健康について、今回ばかりは相当に考えさせられた。

 

いろんなことをまだ整理して書けないけど、でも、大袈裟でなく、これからの人生、何を優先して、どこで、誰と、どんなふうに生きていくのか、自分をごまかしたりせずに、ちゃんと考えて、実行していこうと思う。「生きている」って、それだけで尊いこと。飛躍しすぎでも何でもなく、心からそう思う。

 

とりあえず、いまは、それだけ。

 

f:id:nonchi1010:20240302160740j:image

f:id:nonchi1010:20240302141412j:image