のんちのポケットに入れたい大切なもの

「みぃつけた!」な音楽、もの、ひと、ことばを綴る日記帳

悔し泣きでリセット。

昨日、仕事の帰りに久しぶりにおかんの家に寄った。相棒ちゃんにおかんのノートパソコンを譲ってもらうため。


いま、わたしの職場で起きている事態で、コロナワクチンを打っていないおかんに迷惑をかけることがあってはいけないので、最近は朝のお弁当と新聞の物々交換も、車の窓越しに最短の接触時間になるようにしている。


お互いマスクをしたまま、パソコンを受け取って、お茶だけよばれることにした。


職場の非常事態について、これまでほとんど具体的なことをおかんに伝えてこなかった。心配させたくないのと、どう考えても、これが、大阪の首長の理不尽な方針に大きく影響を被ったものであることが、話せば話すほど鮮明になる。そのことでおかんの心をかき乱したくなかったのと、なにより、きっと話し出すと、私自身の感情が洪水を起こす気がして、それはできないなぁと思っていた。


でも、昨日は、もう、話さずにいられなくて、スタッフがどれだけがんばっているかということや、コロナにまつわる大阪府の方針が、いかに理不尽で、無策かということを、句読点もないほどの勢いでおかんに打ち明けた。途中からものすごく泣けてきて、声が震えて、申し訳なかったけど、ほとんど全部の事情と、感情を打ち明けた。そして最後に、「政治の責任やと明確に思うけど、でも、いま、毎日を乗りきっていくだけで精一杯で。その理不尽さに声を挙げることができへん」と、一番悔しい核の部分を言葉にして、ボロ泣きした。


おかんはずっと黙って聴いたあと、


「一番苦しいもんは、声なんか挙げられへん。とにかく、そのことに心を痛めんと、一分でも長く寝て、しっかり食べて、逞しくやりきりったらええ。それが一番大事なことや」と言ってくれた。


ブログには載せてないけど、おかんはずっとわたしのお弁当を作り続けてくれている。いまのわたしを支えてくれる大切なもののひとつが、おかんの心のこもったお弁当だ。


政治にもの申す行動を起こせない、いまの自分を、不甲斐ないと思うきもちが、いつもいつもつきまとっていたけど、一旦、もう、それは頭から外したい。外そうと思う。


それは、諦めではない。


それは、敗北でも、ない。


いまはとにかく、この状況を、みんなと一緒に乗り越えていく。それだけ。


悔し泣きで、リセットかけた。


おかんに、心の底から感謝する。