夏の参議院選挙に向けた動きが、いろんなところで進んでいる(あるいは、遅々として進んでいない)。
「看護師の代表を国会へ」という動きもそのひとつ。
「このコロナ禍のなかで全国でがんばっている看護師がもっと報われるように、国会のなかで声を挙げていこう」という動き。
そのこと自体を全面否定はしない。
だけど、大事なのは、国会の「どこ」に身を置くのか、だと思う。
「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」をさえ保障できない政権与党に所属して、看護師の地位向上を訴えるなんて、それ、おかしくないだろうか。
この過酷なコロナ禍で、確かに、看護師は大変な状況で仕事をしてきたし、今もしている。だけど、「わたしたちばっかりしんどくて、わたしたちだけ報われていない」とはわたしは思っていない。
人が大切にされない、いまの政治のなかで、看護師だけが報われるはずがないし、看護師だけが報われたいとも、わたしは思わない。
それこそ、いま、看護師として発信しなきゃいけないのは、そこじゃないと思う。かといって、立派な発信ができているわけでもないのだけれど、だけど、それでも、ここだけは、譲れない。
政権与党に属して看護師の地位向上を目指すことに、わたしは、一人の看護師として賛同しない。
本当に、本当に、ここだけは、譲れない。
譲らない。
今週は、そんなこんなで悶々として始まって、火曜日の夜にご飯も食べずに早寝したわたしだったのだけど、水曜日の朝、テーブルの上に相棒ちゃんからポテトチップの差し入れが。そして、そこには応援メッセージまで添えてあった。
親バカかもしれないけど、思ったのです。
あぁ、このひと、きっといいナースになるわ、ってね。