nonchiのポケットに入れたい大切なもの

「みぃつけた!」な音楽、もの、ひと、ことばを綴る日記帳

あのひとに、してあげたかったことを。

みなさま、こんにちは。

8月になりましたね。しんどい1時間とか、1日は、ものすごく長く感じるのに、1週間とか、1ヵ月とか、1年とかって、ほんと、速いですね。

 

最近、一緒に働いているスタッフ(Aさんにします)の身内に、突然のご不幸がありました。あまりに思いがけない出来事だったので、私も本当にびっくりしたし、Aさんが仕事に復帰できるのか、ということまで心配しました。「家族葬にするので、弔問は遠慮したい」との申し出があり、「大変だったね」の一言を伝えたい気持ちは山々でしたが、グッとがまんして、Aさんの復帰を待ちました。

 

今週に入って、やっと復帰したAさんに、「ちょっと話す時間、つくろう」と声をかけて、1時間ぐらい話しました。ぽろぽろと涙を流して、「もっとできることがあったはずなのに、何もしてあげられずに逝かせてしまった」と話すAさんの言葉を、ずっと黙って聴きました。「家族の前では、自分が泣いてはいけないと思って泣けなくて、いま、初めて気持ちを吐き出して、泣きました」とAさん。きっとそうだろうな、家族思いのAさんのことだから、そうなんだろうと思っていました。なので、大変な状況ではあるけれども、むしろ、仕事には来たほうがいいと話しました。亡くなった方も、きっとそう望んでおられると思ったし(生前、Aさんから、ちょくちょく、お話を聴かせてもらっていたので、その方のことは間接的に存じ上げていました)、「泣ける場」はぜったい必要だとも思ったので。

 

そして、もうひとつ、「あなたが、〇〇さん(ご親族)にしてあげたかったこと、いまからあなたが出会う誰かにしてあげようよ」と提案しました。

 

私は、沖縄で独り暮らししていた叔父を、数年前に亡くしました。亡くなってから数日たっての発見でした。もとは大阪に家族と暮らしていましたが、いろんな、ほんとにいろんな事情があって、最終的には沖縄の離島にたどり着き、離島のお巡りさんが、当時、捜索願を出していた私たち親族のもとに連絡をくれました。その時点で、叔父はこころを相当に病んでいて、人を寄せ付けない状況になっていたのですが、わたしがこの職業に就いていたことと、わりと「やんちゃ」をしていた経緯のあるわたしが、叔父にとっては一番かわいくて、気の許せる相手だったようで、私のことだけは、それなりに受け入れてくれるようになりました。そうして、20年ちかく経過した夏、叔父は一人で沖縄の自宅で亡くなりました。

 

私はこれを「孤独死」とは思っていません。それが叔父の生き方だったと思っています。(いま思えば)晩年、叔父は、けっこう気難しくなり、せっかく大阪から沖縄に顔を見に行っても、憎たらしいことばっかり言って、私も本気で腹を立て、「そんなんやったら、勝手にしたらいいわ」と捨て台詞を吐いて飛行機に乗ったこともありました。叔父の最期を確認したとき、「もっと優しくしてあげればよかった」「(私は飲めないけど)お酒ぐらいつきあってあげればよかった」「支離滅裂の、憎たらしいことも、笑って聞き流してあげればよかった」「もっと会いに行けばよかった」…と、いろんなこと、考えました。後悔も、反省も、いっぱいしました。でも、もちろん、叔父は、もういません。だいぶ泣きましたが、最終、辿り着いたのは、「叔父にしてあげたかったこと、これから出会う患者さんとか、家族さんに、できるだけ、しよう」ということです。実際、数年経ったいま、どれぐらいできているか、お恥ずかしいところもあるけど、でも、叔父のことは、そうやって考えることにしています。

 

Aさんは、私よりもずっと、そのご親族に対して献身的に関わっていたし、その方にとって、間違いなく「自慢の〇〇ちゃん」だったと思います。だから、その方は、Aさんに感謝こそすれ、「こうしてほしかったわ」なんて、思ってないと確信できる。でも、それでも「ああしてあげたかった、こうしてあげたかった」と思うAさんを、いまはそっと見守っていこうと思います。ちょうどAさんのおかあさんと私は同じぐらいの年代なので、おかあさんの前で泣けない分、わたしがかわりに受け止めてあげたいと思います。それぐらいは、お悔やみも言えなかった、亡くなったご親族のためにも、させていただきたいと思っています。

 

長くなってすみません。

最近、いろんな悩みごとが多いわたしのことを、とても大切に気遣ってくれるひとがいます。そのひとも、大切なひとを亡くしています。きっと「あのひとに、してあげたかった」と思いながら、私のことを気遣ってくれているんだろうなぁと思うと、ありがたくて、切なくて、たまりません。だから、そのひとの「大切なひと」に伝えてあげたい。

 

「あなたが、してもらうはずだったこと、わたしが代わりにしてもらっています。とっても感謝しています。だから、すてきな〇〇さんのことを、ちゃんと見ていてあげてくださいね。ねぎらってあげてくださいね」って。

 

スマホの写真のアルバムに、叔父が娘と遊んでくれた海の写真を残しています。この日は、ほんとうに静かで、美しい波でした。ちょっと泣けてきます。またそのうち、ひとりでぶらっと行ってみようかと思います。

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