のんちのポケットに入れたい大切なもの

「みぃつけた!」な音楽、もの、ひと、ことばを綴る日記帳

春色のポンカンジャム。

こんにちは。

 

今日は朝から洗濯と、お風呂掃除と、ちょこっと部屋の片付けをして、夕方からの予定まで、ちょっと隙間時間ができました。

 

こないだ買い出しに行ったとき、高知県の東洋町というちっちゃい町から、農家のひとが直接ポンカンを売りに来てくれて、かごいっぱいの山盛りに、さらにおまけを積み上げてもらって、満面の笑みで買わせてもらいました。

 

・・・・が、しかし、我が家は、果物がどんどんなくなるときと、ぜんぜん人気がないときの差が激しくて、いまは「イマイチ」の時期のようでして。「このままじゃ、おいしいポンカンに申し訳ない!!」と思い立ち、ジャムを作ることにしました。

 

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見てくださいな、この瑞々しい、鮮やかな「橙色」。

さっそくどんどん剥きました。

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途中、若干のつまみ食い(笑)。

 

そして、ブレンダーで「ブイーンッッ」と潰します。

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この時点で、台所いっぱいに、春の香り。

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グラニュー糖は、レシピよりもうんと減らして投入。

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気長に弱火で、あくをすくいながら、約30分。

 

途中、ブロ友ちゃんたちの「お休みのひととき」記事に、こちらまで肩も腰も、こころもゆるっとなりながら、たのしいひととき。

 

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小瓶を煮沸して、きれいなふきんの上にあげて、できたてのポンカンジャムを詰めました。

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なんだか、ここだけ、春がやってきた。

 

傾きはじめた太陽が差し込むテーブルがとても好きです。

 

ほんの小一時間だけど、とても豊かな時間。

 

こういうの、とても好き。とても大切。

 

さぁ、夕方からの用事に向けて、支度をいたします。

相棒ちゃんの入塾の顔合わせ、です。

きっと、いつものとおり、珍道中になるんだろうなぁ。

 

 

またご報告いたします。

 

では!!

「大事にしていたもの」を受け継ぐ。

こんばんは。

 

書きたいと思ってあたためてたことがあるのです。

 

わたし、メルカリでお買い物するのが好きなのですけど、心がすごく豊かになる出会いを立て続けにさせてもらいました。

 

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台所のリフォームをするとき、絶対欲しいと思っていたのが食洗器。もちろん、それは正解だったのだけど、でも、実際使い始めて気付いたことは、わたしが選ぶ食器は「できれば食洗器は避けましょう」系のものが多いってことでした。結果、食器を洗い上げる場所が必要になり、竹のざるにふきんを敷いてみたり、水切りマットを買ってみたり、いろいろ試していました。過去には無印良品のステンレスの水切りカゴも使っていたけど、一番欲しかったのは、料理研究家の有元葉子さんが監修なさってる「ラ・バーゼ」(イタリア語で『基本』という意味)というブランドの水切りカゴ。しかし、これがとってもお高くて、新品はとても手が出ないので、ずっとメルカリで「お古」が出品されるのをチェックしていました。

 

それが、ちょっと前に、びっくりするぐらいお安いお値段で出品なさっている方がおられ、もう、飛びつくように購入させてもらいました。

 

購入手続きのあと、「こんなにお安くお譲りいただいて、申し訳ないぐらいです」というコメントを送らせていただいたら、少したってお返事が。

 

大事に使ってきたけれど、キズやくすみがあることをご理解くださいね。 

 

すごく丁寧で、背筋がピンと伸びるような文章に、出品者さんの素敵なお人柄が想像できて、うれしくなり、思わずお返事を書いてしまいました。

 

キズやくすみ、大歓迎です。新品よりも、大事に使ってこられたものを受け継がせていただくほうが好きです。 楽しみにお待ちします。

 

…その後、届いたお品は、思っていたよりもずっとずっとピカピカでした。そして、なんと、丁寧なお手紙まで添えてくださっていました。わたしが出品していた雑誌や絵本、出品者としてのごあいさつ文にも目をとおしてくださり、とくに絵本について、ご自身の子育てのなかでの素敵なエピソードを教えてくださいました。

 

感激してしまって、アツい「到着報告」をお送りしたところ、それにもお返事コメントが届きました。わたしに水切りカゴを送ってくださったあと、入院されていたお母さまの退院付き添いのために飛行機で遠くまで行っておられたこと。そのときに宿泊した老舗のホテルのこと、誰かが大事に使ってきたものを受け継ぐことが好きでいらっしゃること、そういう「暮らしのこだわり」を共有できるひとに水切りカゴを譲れてとてもうれしいということ・・・・。

 

こんな素晴らしい出会いがあるんだなぁ、と、泣けてしまいました。「大事に大事にさせていただきます」というお礼で締めくくると、「取引終了」の最終コメントに、出品者さんがこんなことを書いてくださいました。

 

一つの道具を通して、これほどまでにメッセージのやり取りが広がったことはありません。まさかの出会いに感謝。次のご縁がありますように。

 

ほんとに、その通りだなって思いました。まさに、「まさか」でした。あれから毎日、お茶碗洗いをするたびに、その喜びがよみがえり、心がほっこりするのです。

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これだけでも十分素敵なのに、もうひとつ、ありがたい出会いをさせてもらいました。

 

我が家のテーブルは、頑固一徹おかんが家を建てたときにTRUCKという工房で作ってもらったものですが、椅子は「後付け」。そして、最近その椅子がガタガタしはじめたので、買い替えたいと思っていました。

 

いろいろ探してみるけど、ピンとくるものは結構なお値段。「これは気長にいこう」と思い始めていた矢先、これまたメルカリで、ちょうど2脚を出品してくださっているのを見つけてしまいました。

 

とても丁寧な写真と説明が添えられていて、既製品にご自身で塗装とクロスの張り替えをなさったこと、手を入れて愛着をもって使ってきたので、大事にしてくれる人に買ってほしいということが書かれていました。

 

「これはきっと素敵なお品に違いない!」と確信して、2脚とも購入させてもらい、いろいろ手を加えて大事になさってきたお品を譲っていただけることに「ありがとう」をお伝えすると、

 

リメイクしたことはマイナスポイントになるとばかり思っていたので、あたたかいメッセージがうれしいです。

 

とのお返事が。わくわくしながら数日後の到着を心待ちにしました。

 

そして届いたお椅子たち。

 

あったかいブラウン、そして座面の生地のグリーンの素敵なこと!!おまけに、そのグリーンの生地を「リペアするときのために」と、そのまま譲ってくださったのです。その細やかな心遣いも含め、心からのお礼の気持ちをコメントで送りました。

 

そしたら、そのお返事に、こう書いてありました。

 

〇〇さんにご購入いただけて、私も椅子たちもとても幸せです。 

 

「椅子たち」っていう表現が、とてもすてきで、あったかいでしょう? あぁ、わたしも、ひとやものと、こんなふうにつきあっていきたいなぁって、すごく豊かな学びをさせてもらいました。

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こんな豊かな出会いに触発されたのもあって、最近ちょこちょこ、手芸をしております。ここ数日は、編み物を。

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こんなのとか、

 

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こんなのとか、

 

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こんなのとか、作りました。

 

自分の手で、なにかをつくるのって、やっぱりたのしい。

 

「ヘタの横好き」ってやつです。

 

「手芸熱」に押されて、「ごはん熱」がちょっと劣勢(笑)だったので、今夜はちゃちゃっとカレーを作りました。ちゃちゃっと作ったにしては、相棒ちゃんに大人気でした。

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もちろん、明日もカレーです(笑)。

 

もうちょっと編み物したいな、と企んでいます。

 

皆々様も、どうぞゆっくり祝日を過ごしてくださいね。

 

では、おやすみなさい。

 

聞き上手。

こんにちは。

 

2月相応の寒さ。仕事の途中、ちょっと外に出る用事があったりすると、ヒヤッとした外気に触れて、「冷暖房完備」の環境で仕事をさせてもらっていることのありがたみを感じます。

 

このところの病院は、もうすぐ始まる「医療従事者への新型コロナワクチン接種」への対応に追われています。予約のとりかた、ワクチンの受け取り、接種場所の整備、書類などの流れ、対応するスタッフへの説明、など、など、など・・・。もちろん、初めてのことだから混乱するのは想像しているけど、とにかく「急げ、急げ、急げ~~~!!!」って追い立てらるような空気感です。努めて努めて落ち着かなくっちゃと思う。浮足立って、安全を脅かすようなことがないように・・・。この緊迫感、地味だけど、すごく疲れます。こころとからだの緊張を、緩めるときにはしっかり緩めないと、と思っています。

 

そんな日々のなかで、最近、相棒ちゃんがめっちゃやさしい。

 

一言で表現すると、「聞き上手」。

 

あ~、「聞き出し上手」かな(笑)。

 

話していると、こころがほわっとします。

途中にいれてくれる相槌も、まるでお手本のような間合い。

 

「あ~、おかあさん、それ、わかるわかる」とか

 

「なんじゃそりゃ、それ、あほやな」とか(笑)、

 

「あ~、やっぱり、そんなことちゃうかと思ったわ」とか。

 

そして、最後に「おかあさんはエラいなぁ。がんばってんなぁ」とか。

 

 

わたしは、相棒ちゃんが保育園に通っているときから、結構になんでも報告したり、相談したりしてきました。「ごめんな、ちっちゃい〇〇にこんな話して」って言うわたしに「ええよ、なんでもきいてあげるで」と笑ってくれた相棒ちゃん。・・・しかし、これには彼女なりの戦略もあって(笑)、わたしのはなしをちゃんと聞いてあげたら、わたしの気持ちが落ち着いて、そうすると、自分のちょっとしたわがままとか、甘えん坊なお願いとかも叶えてもらえたりするから、それを期待してたりも、きっとしたのだと思うのですけどね、それでも、相棒ちゃんはわたしの一番の「聞き役」だったし、いまもそうなんだなぁって、あらためて思います。

 

 

あ、だからって、相棒ちゃんがいなかったらダメってわけではないです(笑)。ちゃんとそれはそれで、やっていけると思います、はい、きっと、たぶん・・・。でも、一緒に暮らせるあいだは、まだまだ甘えちゃおうと思ってます。

 

おいしいごはんをつくって、

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おいしいお茶も淹れて、

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仲良く暮らしていきたいと思っています。

 

 

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ところで、ブログのタイトルのバックの写真、変えました。

ずっと行きたかった「絵本の読める喫茶店」に、こないだ、やっとおじゃましてきました。

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もう、看板から、釘付け!!

 

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いつか、ご一緒したいですね。

 

森さん、今すぐ辞めて。

こんにちは。

 

本当に、目と耳を疑いました。

 

東京五輪・パラリンピック組織委員会森喜朗会長による、日本オリンピック委員会臨時評議員会での発言。

 

一部ですが、以下。

もう、キーボードを叩くのも、わなわなしそうです。

これはテレビがあるからやりにくいんだが。女性理事を選ぶというのは、日本は文科省がうるさく言うんですよね。

(中略)

女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる。誰かが手を挙げるとみんなが発言したがる。女性というのは競争意識が強い。

(中略)

女性の理事を増やしていく場合は、発言時間をある程度、規制をしないとなかなか終わらないので困ると言っておられた。誰が言ったとは言わないが。(ちなみに、この発言については、その場にいたJOC評議員会のメンバーから笑い声があがったそうです) 

 

「失言」と報じられているけど、これは「失言」じゃない。「うっかり言っちゃった」んじゃない。彼の心底、骨の髄からの、正々堂々とした「本音」です。

 

こんな発言を、普通にできる、そして、それに対して笑い声があがる、そんな国に生きていることを、女性として、というよりも、人間として、本当に恥ずかしく、情けなく思います。

 

わたしたちは、これを許してきたのだなぁと。

 

こんな暴力が、まかり通るこの国で、辱められているのは女性だけではないと思います。

 

 

森さん、今すぐ辞めて。

 

あなたのような人物が、「必ずやる」と繰り返すオリンピックを、すでに世界は認めていないし、もう、誰も、認めない。


追記

この記事を書いている時点で、森氏は辞任を否定しています。

 

札束で、私たちの仕事を買い叩かないで。

皆々様、こんにちは。

ひとつ前の記事では「スローライフ」を謳ったわたくしですが、「いまの病院のこと、少し書いて」というお声をコメント欄でいただきまして、うん、確かに、そうかもしれない、と思いましたので、少しだけ、走り書きですけど、書いてみたいと思います。ちゃんと推敲すると、ちょっと二の足を踏んでしまいそうなので、勢いを大事に、書いてみようと思います。

 

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「新型コロナの治療が終わって、もう感染力がない患者さんを、国が示した転院基準に則って、迅速に受け入れたら、転院受け入れ1件(おひとり)あたり〇〇万円」というお達しが数日前にありました。

 

その前から、「民間病院の新型コロナへの協力が足りない」的な指摘が聞こえてきて、「やってられない」気分になっておりました。

 

朝のニュースとか見てると、「あんたら大本営発表か」と言いたくなるようなアナウンサーのコメントが日常的に流されて、「自粛に協力しない飲食店」や「テレワーク(最近は”テレハーフ”とかなんとか、言い始めましたね)を実施しない企業」や、「いくら要請しても言うこと聞かない若者」のことを、「あんたらのせいで、事態が好転しない」と言わんばかりだけど、わたしはずっと違和感を持ちながら仕事をしています。

 

「みんなで思いをひとつにして」・・・って、そういう精神論で乗り切れる状況じゃない。だけど、へこたれるわけにいかないとも思ってる。もちろん、誰も経験したことがない新しいウイルスとの共存だから(たたかい、っていう表現も、わたしは、違うと思ってます。申し訳ないけど、ウイルスに勝とうと思うのが間違い。撲滅なんて、傲慢すぎます)、右も左もわからないという部分はある。そうだとしても、政治として、その困難状況の、どこにどんな手立てをしていくかということは、もう少しまともな議論や挑戦があってもいいと思う。その「まともさ」があれば、そこから発せられる、いろんなメッセージは、もう少し人々の心に届くと思うし、行動を変容させると思う。

 

人々の行動が、変わっていないとすれば、それはなぜなのか。

 

「みんなで思いをひとつにして」と言うならば、政治をやってる人にこそ、その「思い」を想像する、共有する、ひととしての「まともさ」を望みたい。

 

なんかね、いまの政治は、いろんなものを、ひとを、意識的に分断しているように思えてならないのです。たとえば「新型コロナを受け入れる病院」と「受け入れない病院」。受け入れる病院だけが大変なわけではないです。(もちろん、受け入れてくれている病院のスタッフの皆さんには敬意をもっています。それは、ほんとに、いつもいつも、もっています)でも、それぞれに病院の機能があって、たとえばわたしが働いている病院は、地域住民が医療で困ったときに一番身近な相談相手として寄り添えるように、介護と医療が連携して、とりわけ高齢の患者さんやそのご家族への支援を手厚く行っています。そういう機能の病院が、〇〇万円もらえるからといって、いきなり新型コロナの治療が終わったばっかりの患者さんを、検査体制も整わないなかでどんどん受け入れられるかというと、それは難しいです。病室の作りひとつ、備えている設備ひとつとっても、いま現在入院している患者さんに提供する医療と同時進行で、そんな簡単にできることではないのです。でも、この状況に平気でいるわけでももちろんありません。だからこそ、スタッフも含め、日々葛藤しています。

 

言葉はとても烈しいかもしれませんが、まるで札束で、私たちの仕事を買い叩くような発想は、本当に腹立たしい。大事なのは、そこだけなのだろうか。もちろん、病院の経営状態は深刻です。できることなら、何とかならないものかとも思う。だけど、やっぱりそんなに簡単なことではないと言いたい。

 

私たちは、私たちにできることを、可能な限り追求して、真剣にがんばっていきます。それは、この大波のなかでは、わずかな水泡みたいなもんかもしれないけど、でも、ちゃんとやっていきます。

 

ならば、いま、政治は何をすべきなのか。

「悪者探し」ではなく、ほんとにやるべきことを、真剣にやってほしい。

 

そんな気持ちです。

文字通り「スローライフ」な、この頃。

こんにちは。

ちょっぴりご無沙汰しております。

 

 

ここ数日、腰痛に悩んでおります。

先週は、お仕事も休んでしまいました。

おかんからは「ストレス病や」とか言われてますが、腰痛が決定的な持病になるきっかけは、10年ぐらい前にありまして。でも確かに、それ以来、ちょっと心身が疲れてるなぁと思うときに、油断するとエラいことになっております。

 

 

なのでね、仕事中も、家にいるときも、そろりそろりの、スローモーションの日々を送っております。家事もできるだけサボって、とにかくゆっくりお風呂に浸かって、早めにお布団に入ることを中心に、動いています。

 

そんな日々に、とてもうれしい、レトロな道具を、ちょっと前に、たまたま買っていました。

 

 

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「スロークッカー」っていうんです。陶器のお鍋を沸騰ちょっと手前ぐらいの温度に保ってくれる、めっちゃ原始的な「電気保温鍋」。最近の物もたくさん出回っているのだけど、わたしは探しに探して、レトロなカナダ製のを見つけました。(うふふ、カナダ製よ、Yotoroさん)

 

別の巨大寸胴鍋に大量につくった「おでん」の一部を、このスロークッカーに入れて、食べたい時にすぐ食べられる状況にして、何食か連続で、おでんにしようと企んでいたんです。

 

・・・・・が。

 

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だめ、おいしすぎた(笑)。

ゆえに、おつゆの一滴まで、予想より圧倒的ハイペースでなくなってしまった(笑)。

 

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計算が全然違っちゃったよ。

なので、また次の企みをしなくっちゃ。

 

でも、たくさん作ると、やっぱりおいしい。

 

そして、少なくとも1回か、2回は、食後の台所があっという間に片付いて、ゆっくりぼんやりできるのも、うれしい。

 

最近思い切って、ダイニングテーブルに移動させたレコードプレーヤーで、LP1枚のA面とB面ぐらいは、お風呂の前に楽しめたり、します。

 

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ちょっとしばらく、そんなふうに暮らそうかな。

 

皆々様も、からだやこころと対話しながら、無理しないでくださいね。

 わたしも、腹の立つこと、悔しいこと、山盛りあるけど、でも、一日の終わりは、ちいさい希望を、ちゃんと自分のなかに灯したいと思っています。

 

台所は、こころの城、なのだ。

こんにちは。

 

「のんちゃん、おいしいもん食べて、元気でがんばれ!!」と友だちが送ってくれたお寿司があまりにおいしかったから、そして、友だちの、その「ココロ」があまりにもうれしくて、昨日、お寿司をひと切れ携えて頑固一徹おかんのところに泊まりに行きました。で、今朝は、おかんの家から出勤しました。

 

おかんは、お裾分けのお寿司をものすごくおいしそうにいただいてました。そして、「あんた、そんなありがたいことしてくれるひと、いてるんかいな。そら、感謝せなあかんで」とビールを片手に満足げに申しておりました。

 

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わたしもそう思うよ。ほんとに、なかなかできることじゃない。どんな気持ちで、どんなふうに、この荷造りをしてくれたのかなぁって、泣きそうになりながら、届いた段ボールを開けたもの。詰めてくれていたものの一つ一つを隅々まで眺めたおして、そして、ひとつずつゆっくり味わうひとときをもらいました。もちろん、元気でがんばりますとも!!そうしなくっちゃ、バチがあたるよ、まったく。本当に、感謝感謝、感謝なのです。

 

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それと、もうひとつ、おかんのところに泊まったのは、おかんとの付き合い方について、わたしなりに、ひとつ、大きな気付きがあって、その気付きをベースに、「善は急げ」で実践してみようと思ったからなのでした。

 

 

最近、おかんが我が家(といっても、何度か書いているとおり、もとはおかんの家なのですよ。おかんに代わってわたしと相棒ちゃんが暮らすようになり、そして一昨年の初夏、台所を中心に大リフォームを行い、現在に至る、です)に泊まりにくる度に、おかんも何となく落ち着かず、わたしはそういうおかんを見ながら、そして何となく漂う「しっくりこない」空気を感じながら、ずっと悶々と、くイライラとしていたのです。そういうわけだから、おかんが帰ったあとは大袈裟じゃなく2,3日心が疲れて「使いモンにならない」のですよ(笑)。

 

なぜそうなるのか、ということについて、私なりに考えるところはあって、いくつかの対処をしてもみたのだけど、でも、なんとなく、一向に明るい光が見えてこない。これはやっぱり、根本的に、わたしがおかんのことを好きになれないから、なのかもしれないなぁ、って、ちょっとさみしい結論を自ら導き出したりもしながら、「で、次に泊まりに来るときは、どうしたらいいのだろう」と悩んでもおりました。

 

でね、つい最近、ふと思ったのです。

 

「台所のリフォームのせいじゃないかな」と。

 

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おかんは、この家を、定年退職直前に建てました。仕事をしながらのことだったので、「信頼できる大工さん任せ」にはなっていたけど、でも、思い入れをもって建てました。

 

そして、おかんが一番時間を過ごしてきたのはダイニングテーブルを含む、台所だったと思います。使いにくいところもたくさんあったけど、でも、やっぱり、おかんにとっては大事な大事な場所だったのだと思う。

 

この家をわたしが譲り受けるにあたり、自分の暮らしのまんなかに置きたい台所を、思い切って大リフォームすることに決めて、もちろんそのことにおかんも全面賛同して、清水の舞台から何度も飛び降りるぐらい、お財布をすっからかんにして、あたらしい台所を完成させました。

 

その台所は、レイアウトも、カウンターの高さも、ガスレンジのつくりも、ありとあらゆるものが、「のんちゃん仕様」になりました。わたしよりも身長が10センチ以上低いおかんは、「わたし、届かへんから、ここに来たら、な~んにもせんと上げ膳据え膳でいただきますわ」と言って、実際、出来あがった料理を運ぶ程度はするけど、台所に立って洗い物をしたり、ましてごはんを作ることは一度もしないまま、今日に至ります。

 

そのことにわたしは何ら疑問を持たずにきました。おかんも、そのことに言及したことはありませんでした。

 

でもね、こないだ、台所を片付けて、カウンターを拭きあげて、「あぁ、すっきりした。サイコー」って思った瞬間、「あっ!」と気付いてしまったのですよ。

 

「おかんの台所は、この家から消えてしまったんだな」って・・・。

 

仕事の虫なだけでなく、世の中に物申すことをずっと止めずにパワフルに続けてきたおかんは、それでも「食べること」にはすごくこだわってきたひとです。そして、台所は、おかんが、うれしさや楽しさ、怒りや悲しみを、ビールや料理と一緒に噛みしめてきた場所でもあるのです。その場所が、原形をとどめないほどに、すっかり様変わりしてしまったのです。

 

だからおかんは、うちに来たら、なんだか落ち着かなくなる。居心地がよくなさそうで、手持無沙汰で、時間を持て余して、どこか、困っている。そうなんだ、きっと。

 そして同時に、いま暮らしている場所の台所が、かつての台所ほど、おかんのなかで豊かに機能していないのかもしれない。そんなふうに思えたのです。

 

そうだとすると、いくら手厚くおかんを我が家にお迎えしても、「何かが足りない」のですよ。むしろ、いまのおかんの台所に、わたしや相棒ちゃんが出向くほうが、おかんが「でーん」としていられるに違いない。

 

ゆうべ、おかんの家の、おかんの台所で、おかんが作ってくれたすき焼きを、ふたりで囲みながら、わたしは「やっぱり、わたしの思ったこと、当たってた」と思いました。そして、そのことをおかんに話しました。

 

話しながら、自分で、さらに確信したことがあり、そして、それを表すのにぴったりのことばが見つかったので、そのことばで締めくくりました。

 

母さん、台所って、「こころの城」なんよ。

だから、母さんは、この台所にどっしり居て。

わたしと〇〇(相棒ちゃん)がここに来るから。

 

もちろん、「おんな=台所」っていう公式はわたしのなかにはありません。そのひとにとって、一番大事な場所があると思うから。うちは、おかんもわたしも台所がその場所。だから、わたしも自分の「こころの城」を、これからも大事に、大事に、お掃除でピカピカにするのは自信がないですが(笑)、でも、わたしという人間を、この場所で育てていきたいと、すごく、そう思います。

 

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朝ごはん、おかんとふたりで準備して、ゆったりいただきました。自分の家から仕事場までは渋滞にも巻き込まれて1時間近くかかるのだけど、おかんの家からなら車で10分ちょっと。朝、ゆっくり起きれて、おかんと一緒にコーヒーを飲めて、しかも、お忘れになるなかれ(笑)、大好きなステレオもこっちに引っ越してますのでね。すんばらしい音で、レコード聴きながら、です。

 

一筋縄でいかない頑固一徹おかんですが、でもね、やっぱり、ひとりしかいないおかんなのよ。だから、やっぱりちゃんとつきあっていきたいと思っています。

 

そして、お互いの「こころの城」に、お互いが敬意をはらって、そして大事にし合える。そんな母と娘を目指して、実際にはもう何十年もはないと思う時間を、一緒に送っていきたいと、そんなことを考えているわたくしなのでありました。

 

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